2010年12月06日

意外と知らない琉球・沖縄史

琉球・沖縄史は意外と知らないうちなーんちゅ(沖縄のひと)が多くいらっしゃいます。
それもそのはず、学校では琉球・沖縄史を勉強する時間が、ほとんどありません。

県外出身者の私が、うちなーんちゅをご案内するわけですが、それはそれでいいのです。
ガイドはガイドとしての歴史の勉強をしていますから、ご案内の機会に私のわずかな知識を習っていただければいいわけです。

ガイドのご案内を機会に、琉球って一つの王国だった。いろんな状況のもとで、日本になったんだ。とわかれば面白くなってくるのです。今も、基地の重荷にあえぐ沖縄は、何ゆえそうなっているのか?と冷静に考えることができます。

IMG_2283-420.jpg
志慶真乙樽の歌碑。あまりに美しかったので、ムラの娘が北山王の側室となり
献身的に王家に仕えたという伝説がある。
後に神人(かみんちゅ)として志慶真乙樽という神職が作られ今帰仁グスクでの
祭祀に参加した。墓もあり、子孫の方が花を生けに訪れる。


昨日、那覇から来られた若いお母さんと二人の子どもたちとおばあちゃんをご案内しました。ちいさなお子さんもいるので、おとなだけにご案内するのと違って、十分に時間がとれません。ロープを超えて自由に走り回るお子さんに、ガイドも気を配らなくてはなりません。お母さん、おばあちゃん共、琉球の歴史は初めて聞くようなもので、興味がおおいに湧いて来ました。

これからと言うところで、残念ながらお別れし、お子さんたちに自由に遊んでもらうことにしました。
是非また、お越しいただきたいご家族でした。
ラベル:琉球・沖縄史
posted by gusukutarou at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ガイド日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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