2007年04月05日

話題のおおい平郎門のはなし

重厚な石の門、平郎門と呼ばれる
どっしりとした石の門、平郎門と呼ばれている。

見学のお客さんはこの石の門を見上げて、「すごーい!」そして入城前に記念写真を一枚。
いかにもどっしりとした、石造りの門です。この平郎門の写真はカレンダーなどの印刷物にもなっているらしいのですが、絵になる門だと思います。
 
実はこの門、案内ガイドにとって、説明のやりにくい場所なのです。というのは、ここは大きく崩れていて、しかも資料がないため、復元ではなく、創作にちかいというのです。修理したのは昭和37年、まだ日本復帰前の琉球政府のとき。まさか、この城が世界遺産になろうとは誰も考えもしなかったころなのです。ですから、発掘調査など実施せず、古老のはなしを元に修復した、らしいです。
 
現在では、修復はオリジナルにできるだけ近づけるため、石と石をくっつけるセメントなどは一切使用していません。ところが、前述のようなことから、この平郎門だけはセメントが使われています。
案内する側としては、お客さんにマイナスイメージを与えるのは好ましくないと思うので、避けて通りたいところですが、この門は復元ですか?と、聞かれることも多々あるわけです。
 
あるバスガイドさんが、「この門は正確な復元ではないので、この門だけは世界遺産ではありません。」と説明したことがありました。これはあまり、よい案内とは言えないと思いますが、「復元」の是非はどうしても敏感になってしまうものですね。
 
実際に修復作業をおこなったのは、地元、今帰仁村(なきじんそん)今泊(いまどまり)の方々です。かなり年配のそのひとりが感慨深げに、門を見上げて、作業は「たいへんだった」と言っていました。今のように重機のない時代に滑車を使って1トン以上もある大石を上にのせるのは、たいへんだったに違いありません。
そんな地元の方々の地道な努力が、こんにち見る平郎門をつくりあげたと思えば、見方もまた変ってくるかもしれません。
(注 平郎門原形の図面は残っていないが、修復に際して書かれた図面は残されている。)
posted by gusukutarou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 城内案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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