2013年11月10日

うーみゃー(大庭)と呼ばれる広場は、神人の儀式が行なわれた所

うーみゃー(大庭)で行なわれた年中祭祀の記録写真
うーみゃー(大庭)で行なわれた年中祭祀の記録写真

「うーみゃー」と呼ばれる広場があります。漢字では「大庭」ですが沖縄語で「うーみゃー」と言います。ここで今帰仁ノロや神人たちによって、年中祭祀が行なわれた重要な場所です。


琉球王国は、王権プラス神権政治だったので、政治・宗教儀式を行なう広場は大事な場所のひとつです。かつては、正面には正殿、右側に南殿、左側に北殿があり、大庭を囲んでいたと考えられています。

ちょうど、首里城の御庭(うなー)と呼ばれる広場と同じ役割をした場所です。現在は、建物はありませんが、北殿跡とされる礎石(土台)が残っています。

正門をくぐり石段を登ると、大庭があります。正面の高いところが正殿跡で、左側の木々の茂みが北殿跡です。

北殿跡は大庭の左側にあり礎石が残っている
北殿跡は大庭の左側にあり礎石が残っている

トップの写真は、旧暦8月のグスクウイミと呼ばれる年中祭祀のようすで、今帰仁ノロと神人たちが記録されています。全員が白装束でなく、衣装を抱えた人もいるのが?ですが、今では見ることの出来ない貴重な写真です。

説明版に書かれている「世果報(ゆがふ)」とは、「世の中が豊かで平和で、みんなが幸せでありますように」という意味で、豊年や五穀豊穣の願いが込められています。NHKの連続ドラマ「ちゅらさん」の居酒屋の名前に使われました。

大庭の説明版
大庭の説明版、「世果報(ゆがふ)」とはこの世のよきことすべてを現す言葉。

以前使われた説明版
以前使われた説明版


ブログ内の関連記事:ガイドと歩く今帰仁城跡: 今帰仁グスクの祭祀をおこなった今帰仁ノロと供のかねノロ



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posted by gusukutarou at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 城内案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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