2014年03月18日

監守とその一族が移り住んだ御殿(うどぅん)屋敷跡と井戸(クビリガー)

IMG_6862-420.jpg
御殿(うどぅん)屋敷跡

今泊集落には、御殿(うどぅん)屋敷跡と呼ばれる場所があります。側には井戸があり、クビリガーと呼ばれています。そこには、監守とその一族が移り住んだとされています。(今泊史による)

IMG_6860-420.jpg
クビリガー別名ウドゥンガーは監守が日常使う水をとるために掘られた井戸

今帰仁グスクは、1609年に薩摩軍の襲来により焼き討ちにされました。当時、首里から派遣された監守(かんしゅ)が、今帰仁グスクの城主として琉球北部全体を統治していました。

監守5世の克祉(かつし)は、薩摩入りのその時、28歳で亡くなりました。監守6世の縄祖が後を継ぎ58歳で亡くなると、7世の従憲は27歳で監守を継ぎ、39〜48歳まで運天の番所に勤務しました。
7世従憲はその後、首里に引き揚げたので、治める人が不在となった今帰仁グスクは廃城となります。

監守6世と7世のいずれかが御殿屋敷に移り住んだことになります。


ブログ内の関連記事:ガイドと歩く今帰仁城跡: 今帰仁グスク直下のムラは、格子状集落に生まれ変わった



琉球の王権とグスク (日本史リブレット)

安里 進 山川出版社 2006-12
売り上げランキング : 125588
by ヨメレバ
posted by gusukutarou at 21:18| Comment(0) | 周辺史跡を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。