2014年05月27日

旧今帰仁勢力の残党を見張った座喜味グスクは、西海岸を見渡すところに建っている

座喜味グスクの洗練された城壁の曲線


琉球王国のグスクの一つ座喜味グスクは、今帰仁グスク(北山勢力)が滅ぼされた後に、旧北山の残党が存在するとされた西海岸を見張るために建てられたといいます。

中山は3000の兵を率いて、北山(今帰仁グスク)を滅ぼしますが、旧北山の残党が逃れて潜んでいたと考えるのは、むしろ自然かもしれません。

護佐丸は中山の有力な按司として、北山討伐に参加したとされますが、その護佐丸が15世紀初頭に築城したのが座喜味グスクです。(文化遺産オンライン

沖縄最古のアーチ門といわれる
美しく設計された門は沖縄最古のアーチ門といわれる

最上部の住居跡は礎石が残されている
最上部の住居跡は礎石が残されている

石積みは隙間なくしっかりと積まれている
石積みは隙間なくしっかりと積まれている

琉球国王の居城である首里グスク(首里城)を防衛するため、首里から見渡せる高台に座喜味グスクが造られていて、北部からの侵入者、特に海からの敵を見張るには好都合の立地です。

今帰仁グスクが雄大でスケールの大きさを誇るのに対して、座喜味グスクは小さいながら無駄がなく、緩やかな城壁の曲線は、たおやかさを感じさせます。

グスクの曲線美について、琉球大学の高良教授は「琉球人の美意識」と評されました。


(今回、座喜味グスクを訪ねましたが、都合で時間がとれませんでしたので、後日もう少し詳しい写真をご紹介したいと思います。)


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グスクと按司〈上〉―日本の中世前期と琉球古代 (シリーズ沖縄史を読み解く)

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posted by gusukutarou at 21:27| Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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