2007年04月30日

今帰仁城伝説、宝刀千代金丸

伝説の舞台、テンチジアマチジ
伝説の舞台となった、護り神の御嶽。霊石はどこに?

今帰仁城の伝説の一つに「宝刀千代金丸」があります。

統一される前の琉球は三山時代と呼ばれ、北山、中山、南山が争っていました。
中山の巴志(後の尚巴志、しょうはし)は、北山王 攀安知(はんあんち)を倒すため、3千人の大軍勢をひきいて、今帰仁城を攻めました。3日間戦いましたが、難攻不落の城ですから、攻め込むことができそうにありません。このままでは、中山軍は不利になるばかり。

巴志は作戦を練り直します。攀安知王は武勇にすぐれているが、家臣は心服していない。家臣 本部平原(もとぶていはら)は武力にたけているが、策略に弱い。もっとも険しい谷側は必ず防備が手薄だ。夜、特使を忍び込ませ、本部平原に贈り物をして、説得したところ、計略に応じたのです。

翌日、本部平原は攀安知を城外に誘い出して戦わせます。そのすきに巴志の一軍が谷側から攻め込んでしまったのです。
激怒した攀安知は守護神として拝んでいた霊石を切りつけ、自害しようとしましたが、刀が切れません。そこで、刀を谷川に投げ捨て、腰の小刀で自害しました。この刀は後にひろわれて、首里の王家に献上されました。これが宝刀千代金丸です。

宝刀千代金丸は現存しています。しかし、このときの刀かどうかはわかりません。
切りつけた霊石はどこにあるのでしょう?この石を捜しに来たお客さんがいましたが、見た人はいないようですね。

関連記事:北山王が投げ捨てた名刀千代金丸 リッカ!今帰仁城
posted by gusukutarou at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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