2013年10月06日

沖縄のかみんちゅ(神人)は「ノロ」でした

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今帰仁グスク内の御嶽(うたき)、ノロが祈願した聖域。

沖縄のかみんちゅの予言が話題になっていましたが、琉球時代から続いたかみんちゅ(神人)は予言はしません。


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2013年10月04日

投稿を再開します。

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投稿を再開します。デザインも変更するので、しばらく画面が乱れることがありますが、ご了承ください。

古い記事は内容を書き直したり、整理していく予定です。
posted by gusukutarou at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 城内案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

外郭西側、城壁の復元がほぼ完成か

今帰仁城外郭城壁の復元
今帰仁城跡外郭西側の城壁の復元工事


今帰仁城跡外郭の復元工事がおこなわれています。今週日曜日に見たときは、重機は見えず、城壁の工事はほぼ終わったようでした。城内の参道からも、新しい城壁を見ることができます。復元に使った石灰岩が真新しい色なので、すぐにわかります。(写真は駐車場側から見たところ。ブルーシートは発掘作業中の部分。)

外郭西側をご案内できる日も近いと思います。今帰仁城が大きいことが実感できる部分です。
下の写真は、駐車場に咲いていたリュウキュウコスミレです。

駐車場に咲いたリュウキュウコスミレ
ラベル:外郭 城壁復元
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2011年11月15日

新聞にとりあげられた発掘現場を写真でご紹介

今帰仁城跡の発掘調査の成果について、前回の投稿で写真がなかったので、今回は写真でご紹介します。日曜に撮影したので、発掘はお休みで、残念ながらブルーシートが張られているところがありました。

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100分の一模型、一番手前部分が外郭で、発掘調査しているところ。石垣の形に特徴がある。


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基壇の復元、ここに高官すなわち監守が住んでいた。


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外郭石垣とカーザフ(谷間)との接合部分、右の道路下に石垣がある。


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道路下に埋まっている石垣。


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根石がはっきり見える、この石垣は写真上の東側につながっていく。


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住居跡のある西側発掘現場


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道路際の発掘現場

詳しくは前回の投稿と、新聞記事の引用をご参照ください。http://gusuku365.seesaa.net/article/233525871.html

ラベル:監守
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2011年10月19日

今帰仁城跡の階段は83段、ちょっとしんどいけれど、上れば絶景です。

今帰仁城跡の階段は83段あります。正門を入ると、加工していない石灰岩の石畳が続き、やがて7,5,3の階段になります。
もともと琉球の城=グスクは小高いところに造営されているので、どこのグスクへ行っても上り道や階段があるのです。そのぶん、上に登れば絶景の海のながめが広がります。

日本の城と違って野外に造られた要塞のようなものなので、雨が降れば雨宿りする所がなかったり、暑さ寒さにさらされるのです。そのかわり、自然を楽しむことができます。季節ごとに咲く花や飛んでくるチョウなど、まれには天然記念物のトカゲなどに出会うことも。

このように、一長一短があるのをご理解くださって、グスク見学をなさってくださいね。

最近、年配の方をご案内した際に、この階段は7,5,3の階段で、疲れにくいと言われています。と申し上げたら、「確かに上りやすい!」と返答されました。年配の方や足もとの不案内な方には、このようにご案内するといいですね。チケットもぎりの小屋には杖(つえ)もありますから、ご利用くださいませ。

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正門を入ると少し階段、石畳が続き、7,5,3の階段になる。

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上りは3,5,7段の階段、途中に踊り場があり一息つける。

ちなみに、この階段は昭和34年頃に、琉球政府の文化財保護委員会によって造られたもの。設計者は神主さんの資格を持つ地元出身の方だそうで、それで7,5,3なのでしょうか?

今帰仁グスクが栄えた14世紀から15世紀には、この階段はありません。右側に旧道の表示があり、グスク時代の道が発掘されていて、登ることができます。

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2011年10月11日

北殿跡にひっそりと置かれた香炉は神アサギ跡の賑わいを伝える

今帰仁城跡の階段を上ると、大庭(うーみゃー)です。ここは祭祀の広場です。古くは、北殿が建っていたと伝えられています。
地元では神アサギがあったと言われていて、香炉が1つひっそりと置かれています。

かつては、今帰仁ノロ、おおぜいの神人(かみんちゅ)、門中の人々が盛大に祭りを行い、子孫繁栄などの祈願をしたとされます。
今は、門中の今帰仁上りの拝所として、門中によっては祈願をささげることがあります。秋には祈願する人々に出会うことがあります。
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中央やや左の四角い石が香炉。ショウキズイセンが咲いているので見つけやすい。


この香炉と、その後ろに並んでいる大きな礎石(柱を立てた土台石)が、かつての賑わいを伝えるものになっています。もっとも、礎石は、北殿のものか、神アサギのものか、不明とのことです。(この写真では礎石は見えない。)
ラベル:北殿 神アサギ
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2011年08月18日

夏の日の今帰仁城跡

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今帰仁城内参道から東シナ海を見る

参道は7,5,3の階段ともよばれ、7、5、3の奇数段が繰り返されています。昭和37年に修復されたもので、グスク時代には、存在しなかったもの。話によると、米軍のジープが登ったりしていたとのこと。実は37年ころには、この石段はなかったものの、道が付けられていたのです。

7,5,3の数字は神社を連想させます。50年前の古い写真には、修復工事の際、神主姿の人が写っていますが、この人が設計にかかわったとされています。琉球のグスクと神社、どのような関係があったのでしょうか?


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今帰仁城外郭から浮かんだ雲を見る

外郭の曲がりくねる石垣が特徴的、写真左下。右下には大隅の城壁が見える。外郭とよばれる郭は広大で、家臣団の住まいがあったとされます。真夏にしては珍しい雲が浮かんでいたので、思わず写真を撮りました。
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2011年08月15日

旧盆の今帰仁城跡

沖縄は旧盆です。今日8月14日は旧暦7月15日にあたり、満月の夜、家々は来客で大賑わい。夜になっても自動車の往来が絶えません。朝のラッシュ時以上の混雑です。今年2011年は新暦によるお盆と旧盆が同じ日になりました。

今帰仁城跡は普段と同様、見学のお客様の姿がありました。

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上の2つの画像は13日夕方、ほぼ満月。


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今日14日の午後、やや雲が多い。


ガイドの控え室には塩黒糖が置かれています。日中暑いですから、水分補給と塩黒糖は欠かせません。
塩黒糖をamazonで検索してみましたら、かなりたくさんありました。微妙に塩加減に差があったりしますが、暑い夏にはぴったりです。
ラベル:旧盆
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2011年07月26日

パワースポットめぐりは、やめよう

パワースポットというのが流行っているようです。琉球の御嶽(うたき)のことをそう呼んでいるらしいのですが、琉球の歴史ガイドの立場から、これには反対です。

具体的に申し上げると、今帰仁城跡のテンツギノカナヒヤブと呼ばれる御嶽があります。(通称テンチジアマチジ)この御嶽は琉球王国時代に首里王府が編纂した「琉球国由来記」という書物に登場し、神の名前がテンツギノカナヒヤブノオイベとされています。

御嶽 テンツギノカナヒヤブ。今帰仁城内 御内原(うーちばる)にあり、祈願する人が絶えない。

御嶽 テンツギノカナヒヤブ。今帰仁城内 御内原(うーちばる)にあり、祈願する人が絶えない。


琉球王国が国家として認め、拝む御嶽だったわけです。拝みのはじめの言葉は「すいてんがなし」ではじまるそうです。すいは首里で国王を表し、てんがなしは国王の敬称で、首里の国王様という意味。

国家レベルで祈願した内容は、王国の安泰や国王の健康祈願、航海安全といった内容でしょうか。御嶽はおおやけの祈願がおこなわれた場所です。

パワースポットという考えは、自分がなにか力をもらう場所、ですからきわめて個人的な欲求にもとずいています。琉球の御嶽祈願とは異なるもの。琉球の史跡は、まずはそのままを見ていただきたいものですね。
ラベル:御嶽
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高さ8m、大隅の城壁

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写真は大隅の城壁の一部です。高さは8メートル。古生代石灰岩を無造作に積み上げた、という感じがします。しかし、8mまで積み上げるのに、無造作ではとてもできそうにありません。よく見ると、石は四角にそろえてあるようです。これが今帰仁城の特徴です。

今帰仁層(なきじんそう)と呼ばれる石灰岩の岩盤は、横方向に層(そう)つまりすき間があります。この層に沿って石が割れていくので、四角い石が得られるのです。ここに8mの城壁の秘密があります。

この今帰仁層、名前の通り今帰仁だけで見られる岩盤の特徴で、少しはなれた隣の本部町(もとぶちょう)ではこの層はありません。巧みに岩盤の特徴を活かした城壁を積んだのは、いったい誰でしょう?実は、名前も人物像もわかっていません。このあたりも、不思議がおおい今帰仁城のおもしろいところです。

現在、城壁は修復されているので、きれいに上端まで石が積まれています。どのへんから修復したのか知りたいときは、城壁をじっと見てください。境目がわかるようになってきます。

(この写真をこのブログの左がわの背景画像に使ってみました。)
ラベル:大隅の城壁
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