2016年04月10日

琉球のノロと現代の神人

ノロと神人の祈願


琉球時代のノロを紹介すると、ほとんどのお客様は「巫女(みこ)?」と考えます。ノロは女性ですから、巫女と考えるのはもっともなことです。
ノロは琉球王国の制度でした。国の制度ですから、ノロは今で言えば国家公務員。ノロに任命されるときには、首里王府から辞令書が発行されます。辞令書には琉球国王の印が押してあります。(辞令書は今帰仁に残っていないのが残念ですが)

ノロと共に祭祀をつかさどるのが神人(かみんちゅ)と呼ばれる女性たちです。ノロも神人も、高齢化にともない、現在沖縄ではほとんど存在しません。
ところが、インターネットで「神人」「かみんちゅ」と検索すると、たくさん出てきます。これらの自称神人のサイトは、ユタです。ユタは琉球王国時代から存在したらしく、いわば、私設の占い師。私設ですから、霊感によって開業し、判じ事や祈願をします。

首里王府が政治の側面としてノロ制度を定め、公務員としてノロを任命したのに対し、ユタは自分の霊感を基に自営業としてユタを始める。ここが大きな違いです。小説では、霊感豊かなノロが登場しますが、あくまでお話の設定です。ノロの任務は、年中祭祀を滞りなくきちんと行うことが大切。国の宗教なのですから、儀礼が大事です。

「すいてんがなし」とは首里城の琉球国王様を意味する言葉です。琉球国の祭祀をつかさどる上級ノロの祈願は、この「すいてんがなし」から始まることが記録されています。首里の王様を称え、琉球王国が永く存続すること!が最重要の祈願。これを見ても、ノロの祈願は公務であることがわかります。

今帰仁グスク正門で一礼する今帰仁ノロ

上の写真は、今帰仁ノロが今帰仁グスク正門で一礼するところ(2007年に撮影)。今帰仁ノロは、地方のノロで、今帰仁ムラと親泊ムラの祭祀をおこなったノロです。今帰仁ノロは2016年現在、まだ健在ですが高齢で祭祀はおこなっていません。

上の御嶽で祈願する今帰仁ノロ

上の写真は、今帰仁グスク上の御嶽(うたき)で祈願する今帰仁ノロ(2007年に撮影)。
posted by gusukutarou at 15:34| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

今帰仁城の大鳥居?

今帰仁城にあった鳥居の土台
今帰仁城にあった鳥居の土台部分、写真が付けられ当時のようすがわかる。

今帰仁城に鳥居があったのをご存知のかたも多いと思います。資料で古い写真を見ると、たしかに鳥居が写っています。あった場所は現在の、世界遺産の表示のあたりです。インターネットの画像にもときどき鳥居のある今帰仁城を見ることがあります。

その鳥居は取り払われて、土台部分だけが、歴史文化センターの前庭に展示されています。
もともと、鳥居が示す神々と琉球の神々とは異質のものですから、琉球王国のグスクに鳥居が建っていてはおかしい事になります。

では、鳥居はどうして建てられたのでしょう?年表によれば1930年に鳥居が建てられています。1943年には北山神社建設計画が立てられています。今帰仁城を神社にしようという計画です。この鳥居は第2次大戦を目前にした日本政府による、皇民化教育によるものだったのです。
今帰仁城は近代の歴史の荒波を乗り越えてきたのですね。
posted by gusukutarou at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月09日

第一尚氏、第二尚氏って何?

王統が交代した記録がみえる
王統の交代劇を記録した監守来歴記碑。

尚氏は琉球国王のなまえです。たとえば、尚巴志王(しょうはしおう)とか、尚円王(しょうえんおう)というふうに呼びます。第一尚氏と第二尚氏は血縁がありません。つまり、政変すなわちクーデターがあり、王が交代したというわけです。

七代目尚徳王のとき、暴君だった尚徳をたおして金丸が王になり、尚円と名乗ります。金丸は王のもとで財政や外交を担当していた要人だったようです。このころはまだ内政が安定していなかったのでしょうか。クーデターが起ったと考えられています。

「尚徳王は酒色を好み、国政は日に日に悪化した。」と記録されています。今帰仁城の主郭、一番高いところ、に行ったら黒っぽい石碑があります。この石碑に書かれていますからぜひご覧くださいね。
こうして、第二尚氏王統が誕生しました。こののち第十九代の尚泰王にいたるまで第二尚氏が琉球王国をおさめたのです。410年の間でした。 
posted by gusukutarou at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

今帰仁ノロは今、、


伝統的な祭祀をおこなう神人(かみんちゅ)たち。

ノロとは神々に祈願し祈りを捧げる神職のこと。ノロは琉球王府が任命するので、いわば国家公務員の待遇だったそうです。琉球時代は国が神職を任命する、祭政一致の王国だったのですね。ノロは国家の安全、五穀豊穣、航海安全などの祈願をしたようです。神の降り立つウタキ(御嶽)にはノロ以外の者が入ることは禁じられ、男が入れない男子禁制となっていました。
 
近年までは、伝統的な祭祀(神々に捧げるまつりごと)がノロを中心に、神人(かみんちゅ)たちによっておこなわれていたようですが、ノロの高齢化にともない、伝統ある神行事はおこなわれなくなっています。このことを、ガイドしたお客さんに案内すると一様に、残念ですね、という言葉がかえってきます。ノロを復活して、伝統ある祭祀を再びおこなうことはできないものでしょうか?


現在の今帰仁ノロ、今年2月、桜祭りのグスク結婚式にて。

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2007年04月02日

今帰仁は「いまきじん」?

今帰仁城の表示Nakijin-joと書かれている
表示の石、今帰仁城の下にNakijin-joと刻まれている

「今帰仁」は今では「なきじん」と読みますが、過去には「いまきじん」だったり「みやきせん」だったりと様々に発音されていたようです。なぜ、今帰仁が「なきじん」と発音されるようになったのか、いつごろから「なきじん」と読まれるようになったか、よくわかっていないのが実情のようです。
今帰仁城の主郭(俗称本丸)に「山北今帰仁城監守来歴碑記」という石に刻まれた碑があります。1700年代に建てられたこの碑には今帰仁の文字が見られますが、そのころ今帰仁をなんと読んだのでしょうか?
posted by gusukutarou at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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