2011年08月28日

コウモリの名前を思い出せなくてごめんね

5歳のお子さんから質問されました。今帰仁グスクに棲むコウモリの名前は?

ガイドのおじさん、忘れてしまい、どうしても思い出せません。ごめんね。

コウモリの名前は「オキナワコキクガシラコウモリ」でした。

オキナワ コキクガシラ コウモリ。キクガシラコウモリ科に属す小さなコウモリ。

夜行性ですし、数が少ないため、見た人はほとんどいないでしょう。
棲んでいるところは、大隅の洞窟です。中に入ることができないように、金網が張ってあります。

写真と解説を見るには、今帰仁城跡周辺の自然「オキナワコキクガシラコウモリ」 をご覧ください。

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大隅の洞窟

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2011年01月10日

小学生のお客様からつぎつぎと質問が

小学生のお子さんをお連れの、お客様をご案内しました。
歴史がお好きな方のようです。小学生のお子さんから次々と質問が投げかけられました。

質問にお答えしながら、城内をご案内します。
熱心なお子さんと、楽しくガイドをさせていただきました。

お客様と会話しながら、また、質問にお答えしながらのご案内が、一番よいガイドの方法です。

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復元中の外郭の城壁。復元が完成すると広大な今帰仁城が見えてきます。


琉球王国は初めから1つの国ではありませんでした。グスクを中心に各地の在地領主が勢力を広げていき、北山、中山、南山に分裂していました。これら三山の争いから、琉球王国が生まれました。

しかし、同時に、琉球国創り神話があって、アマミキヨ神が琉球国を創り、今帰仁城内にある「テンチジアマチジの御嶽」を創ったというのです。しかも、首里王府が編纂した書物にも記述されています。

このように、現代の歴史観と、琉球王府の歴史観は違いがあります。
ちょうど、日本にもアマテラス神が登場するように、ひとつの国の創造には神話が絡んでいるようです。
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2010年12月06日

意外と知らない琉球・沖縄史

琉球・沖縄史は意外と知らないうちなーんちゅ(沖縄のひと)が多くいらっしゃいます。
それもそのはず、学校では琉球・沖縄史を勉強する時間が、ほとんどありません。

県外出身者の私が、うちなーんちゅをご案内するわけですが、それはそれでいいのです。
ガイドはガイドとしての歴史の勉強をしていますから、ご案内の機会に私のわずかな知識を習っていただければいいわけです。

ガイドのご案内を機会に、琉球って一つの王国だった。いろんな状況のもとで、日本になったんだ。とわかれば面白くなってくるのです。今も、基地の重荷にあえぐ沖縄は、何ゆえそうなっているのか?と冷静に考えることができます。

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志慶真乙樽の歌碑。あまりに美しかったので、ムラの娘が北山王の側室となり
献身的に王家に仕えたという伝説がある。
後に神人(かみんちゅ)として志慶真乙樽という神職が作られ今帰仁グスクでの
祭祀に参加した。墓もあり、子孫の方が花を生けに訪れる。


昨日、那覇から来られた若いお母さんと二人の子どもたちとおばあちゃんをご案内しました。ちいさなお子さんもいるので、おとなだけにご案内するのと違って、十分に時間がとれません。ロープを超えて自由に走り回るお子さんに、ガイドも気を配らなくてはなりません。お母さん、おばあちゃん共、琉球の歴史は初めて聞くようなもので、興味がおおいに湧いて来ました。

これからと言うところで、残念ながらお別れし、お子さんたちに自由に遊んでもらうことにしました。
是非また、お越しいただきたいご家族でした。
ラベル:琉球・沖縄史
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2010年11月21日

ボランティアガイドは休むまもなくご案内

今日は連休もあって、お客様は午前中から、今帰仁城に大勢訪れました。
門中の拝みも同様に多く、団体で拝む姿が見られました。門中の拝みは「今帰仁上り」と呼び、周辺も合わせて20箇所くらい回ります。

朝は、沖縄県内の10数名の団体をご案内しました。沖縄県内に住んでいても、今帰仁城は10年ぶりという方も多く、今帰仁城の変化に驚かれます。駐車場が変わったり、城壁の修復も進んでいますから、10年の間の変化は大きいものがあります。

質問も次々に飛び出し、お答えしながらご案内します。予定の時間はすぐに過ぎてしまいました。

護佐丸が一時的に、今帰仁城の城主であったことは、一般によく言われています。ただ、残念なことに歴史上の裏づけが取れないのです。護佐丸は中山側の尚巴志に味方し、首里城に忠心を尽した人として知られています。護佐丸と今帰仁のかかわりが明らかにされると、歴史はさらに興味深いものになるでしょう。


夕方まで、休みなくご案内が続きました。
最後のお客様は10年ぶりに訪れた方でした。やはり、10年の歳月の変化に驚かれていました。

今日はよく晴れて、与論島が見え、海の見晴らしは印象深いものがあります。
久しぶりに訪れたお客様は、必ず志慶真門郭(しじまじょうかく)にご案内します。以前は修復中のため、入れなかったところです。
武士の住んでいた志慶真門郭は、「つわものどもが夢のあと」の風情があります。


夕方になって、ようやく一段落。今日の今帰仁城を撮影。

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夕方の大隅の城壁

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今帰仁城外郭、フィドゥンチ火の神のほこら




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2010年11月07日

修学旅行生をご案内

少し前のことですが、毎年修学旅行で、今帰仁城を訪れる高校の生徒さんたちをご案内しました。

バス5台に分乗してのご来城なので、ガイドは10名。1台に2名の割合、ガイドひとりの受け持ちは20数名です。

案内時間は約40分。出発時間はきちっと決められています。

このような場合は、まずポイントを絞ってご案内します。
普通、ガイドは案内のストーリーを頭の中で組み立てています。このような場合には、ストーリーをいったんばらばらにし、どこからでもご案内できるように引っ張りださなくてはいけません。

自分の担当グループが前を行くグループとぶつからないように、常に見ていなくてはなりません。
ぶつかりそうな時は、コースをずらしたり、説明箇所をずらしたりして、ご案内します。ときには、今まで立ち止まることのなかった場所で案内を展開する必要もでてきます。

このようにして、バス5台の生徒さんをご案内しました。高校生に理解しやすい言葉と内容で案内するのはもちろんのことです。


翌日から、台風の影響で、城内案内はできなくなり、室内でのDVD視聴に変更になりました。生徒さんたちは残念でしたが、又の機会に沖縄へお越しいただきたいと願っています。

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雨のため室内でDVD視聴。ガイドが自己紹介をしています。
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2010年10月08日

生涯学習の会をご案内

沖縄南部から、生涯学習の会の方々49名様が、今帰仁城跡に訪れました。予約でのご案内なので、2名が待機します。
ご年配のかたがほとんどなので、中にはゆっくり回りたい方もおられます。ゆっくり組と健脚組に分かれてご案内を開始。

ゆっくり組から出発しました。ポイントをしぼってご案内していきます。沖縄の方ばかりなので、ご案内の内容も皆さんの反応をみながら、臨機応変に。

参道階段は長いので、途中で立ち止まり、旧道のご案内を。
旧道は敵兵が入り込んでも、容易に上まで上がれないように、くふうがされています。一人だけが通れる幅、石ごろ道で歩きにくい、そんな道なのです。旧道は、参道の右側に当時のままの姿が残っています。

志慶真乙樽(しげまうとぅだる)の歌碑の話をしている方がおられましたので、志慶真乙樽の歌碑をご案内。琉歌を読むのは県外出身者の私には不得手なのですが。

歌碑の奥は、かつては、北殿があったところ。北殿と南殿が、庭をはさんで相対して建っていたといわれていますが、まだ、正確なことがはっきりわかっていません。
1609年の薩摩軍による侵略、琉球侵攻で焼き討ちに逢って、その後廃城になり、400年以上、建物がない状態が続いてきたのです。

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写真は御内原からのながめ。当日の撮影ではありませんが。

御内原(うーちばる)で海をながめながら、次のご案内。
馬を食べたの?との質問が出たので、発掘された骨は、馬、牛、イノシシ、ジュゴンなどです。とご説明。
馬は中国に献上する献上品だったことが、中国の記録からわかっています。

献上品には硫黄もありました。火薬の原料が琉球で採れたとは、興味深いことです。ただし、北部では採掘できないので、どのように産地から運んだのか、いまだにわかっていません。硫黄の置き場がなければならないのですが、それらしい地名などもないようです。那覇のほうには、硫黄グスクがあるのですが。

硫黄を中山(ちゅうざん)から買っていた?のかもしれませんね。
進貢船を出すときは、中山と一緒に行ったともいわれています。北山(正確には山北)と中山の間柄はどのようのものだったのでしょうか?三山の戦国時代だったのですが、朝貢は協力してやっていた?ここは、よくわからない点ですね。

さて、そのまま、下ればよかったのですが、主郭へ行きました。
主郭への出入りは、仮設のスロープです。足もとが悪いので、足の達者でない方々には、ちょっときつかったのです。
すみませんでした。大いに反省!

主郭は多くの案内ポイントがありますが、時には割愛することも必要です。
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2010年09月04日

握手してくれたお客様

若い女性の二名のお客様にガイドを依頼されました。
沖縄は数回訪れておられるとのことでした。
斎場御嶽(せーふぁうたき)へ行って来られたとのことでしたので、琉球から沖縄の精神的拠り所として、神々のやどる御嶽のお話をしました。今帰仁城内にも2箇所の御嶽があり、今でも参拝や祈願に訪れる人々が絶えないことなど、興味深く聞いてくださいました。

興味をもって聞いてくれるお客様には、ガイドも自然と力がはいるものです。比較的丁寧な案内をしたのでは、と思い返しています。大庭→御内原→主郭とご案内し、志慶真門郭を見下ろすところまでご案内し、時間がゆるせば志慶真門郭をご案内しましょうか?と申し上げたところ、自分たちで見て来たい、と言われるのでここでお別れすることになりました。

お客様のほうから握手をもとめられ、お二人と握手をかわしてお別れしました。
お客様が握手を求められたのは、初めての経験でした。しかも、お若い女性です。
ガイドに対する感謝の気持ちを握手で現されたのだと、思っています。
posted by gusukutarou at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ガイド日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

お子様連れのお客様への対応は

夏休みになり、今帰仁城跡には、お子様連れのお客様が見学にいらっしゃっています。
暑さになれないお子さんは、やや疲れた表情。「暑いでしょう」と声を掛けます。
おばあさまがしきりと質問されるので、その答えに重点が置かれてしまいました。続きを読む
ラベル:ガイド
posted by gusukutarou at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ガイド日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

15分が40分になったご案内

時間がないので15分で案内お願いできませんか?
というお客様でした。
歴史文化センターでゆっくり展示を見学したので予定時間を過ぎている、とガイドの申込をされたのは、添乗員さん、とあとでわかりました。2名のツアーで添乗員さんがついていました。

せっかくお見えになったのですから、とご案内を開始。添乗員さんには時間になったら合図してくださいね、と頼みました。続きを読む
posted by gusukutarou at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ガイド日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暑い日のお子様連れのご案内は

連日暑い日が続きます。
真夏のお子様連れのご家族にガイドを依頼されました。

一番小さいお子さんは暑さのために、疲れた様子。小学生のお子さん方は元気でした。

平郎門と呼ばれる正門を入り、長い階段を登ります。この階段を一気に上がったら、誰でも息が切れてしまいます。  続きを読む
posted by gusukutarou at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ガイド日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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